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2010年3月17日

さすがドイツ?!

音大の中で催されるクラスの発表会や卒業試験演奏会・・・私のいるベルリンでは、そういう学生の演奏会を楽しみにしているドイツ人おじちゃんおばちゃんが意外と多い。演奏する人の家族でも知り合いでもない。ただ単に、若い方の演奏する姿、そして成長していく姿を心から楽しみにしているのだ。私たちのクラスは半年に3回ぐらいのペースでクラスの生徒が学内演奏会をするのだが、それを毎回楽しみに足を運んでくれる人の多さに、生活に音楽が浸透していると感じることがたびたびある。

先日、ある生徒の卒業演奏会があった。演奏会直前にホール入り口で
やぁ、こんにちは!と声をかけられ、振り向くとそこにいたのは、なんと私の歯医者さん。
そして同じ診療所のもう一人の歯医者さんと彼らのアシスタント、総勢6-7名の軍団が勢ぞろい。あの診療所メンバーが、ほぼまるごと全員来ていた。(残念ながらこのブログ登場のA子はいなかった・・)そう、この歯医者さんは私のかかりつけで、とても上手だ。

その歯医者さんには私が紹介した友達がたくさん通っている。なんかあなたが来てから僕の患者は音楽家ばかりだ・・と言われたぐらいだ。その卒業演奏をした彼も紹介した一人で、歯医者さんが聴きに来てくれたというわけ。自分の患者の演奏会に行くなんて・・・。私とDの演奏会にもアシスタントAが来てくれたし。本当にすごい国だ。

今日の診療は早めにあがったんですか?ときくと、

うん、最後の患者さんをキャンセルしてコンサートに来た♪

だって。いいのか? (・_・;)

そんなわけで、歯医者7名と言う不思議な団体がホールに紛れ込んだ。私は人の少ない後ろの方がゆったりしていて好きなので、そこに座ったのに、私が座っているあたりが良い席だと勘違いしたらしく、私の前の列を7名で陣取ってしまった。彼らはズウタイがでかいので全然前が見えやしない。結局私が少し横に移動する羽目になった。もう。(-_-メ)

その歯医者軍団は、クラシックとはほど遠い。どれほど遠いかと言うと、以前私がメシアンを弾く時なんて、

僕はクラシックよくわからないけど、それはポップスとかジャズとかとは感じが違うの?

と聞いてきたほどだ。メシアンとポップス・・。(-“-)

それほど遠いとなると、演奏会を聴く=映画を見る という感覚である。演奏中は落ち着きがなく動き、しかもしゃべる・・・。そしてアシスタントの女の子たちなんか途中で、かばんからあめを出し始めてしまった。やばいサインである。

そして間もなく、ちゃりちゃりちゃりちゃり・・と飴の紙の音が・・・。これが相当長く続き、周りの人が振り返るほどになってしまった。ちなみに私はこのちゃりちゃり言わせる人間を普段から、ちゃりばあ。と名付けている。

このちゃりばあは、演奏中のとーっても静かなところで豪快にくしゃみをするという絶妙なタイミングの才能を持った人でもあった。あっぱれ。

前半が終わり休憩に入るとき、その歯医者さんが私に、これで終わりだね♪というので、
まだ半分ですよ!と言うと、驚いた彼はもう一人の歯医者に、半分だって!と伝え、更に驚いた彼がそのアシスタントに、その彼女から隣の友人に・・・

ねえ、半分だって!

え、半分らしいよ。

まだ半分だってー。

ねぇねぇ・・

・・・と伝言ゲームされていた。
何なんだこの軍団。((+_+))

とはいっても、演奏会に知り合いが来てくれるというのは演奏する者にとっては非常に嬉しいことだ。演奏した彼もとても喜んでいた。(←フォローになったかな?( ̄― ̄)ニヤリ)

かかりつけの医者が演奏会に来てくれるなんて、それにしてもドイツ・・・さすがである。


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2010年3月 1日

意味のある練習をする   ~暗譜(3)最終回

先ほど、

“その道中にある、一つ一つの家の形、門の大きさ、色、あるいは看板・・・そんなこと全部覚えているだろうか。それがなければ到着できないだろうか。もちろんそうではない。つまり、無意識に“いくつかのポイント”に絞って道を覚えているわけだ。“

と書いた。だからと言って、目印以外は覚える必要がないといっているのではない。すべての音が必要不可欠で大切である。ただ、いちいちここが何の音・・何度、何調・・・そんなことを頭で追っていたら間に合わないので、目印を抑える、ということ。さっきの道の例で考えてみよう。道を歩いていて、目印としていた建物ではなくても、今までにあったお店がなくなっていたら、それに気が付くし、だからといって道に迷わない。それは必要なだけ全体が把握できているからだ。あの角に薬屋さんのビルがある。それがわかっていれば良い。何階建てで何色の看板がかかってて・・・そんなところまでは確認しながら歩く必要はない。良い意味でのバランスをつかむことがとても大切なのだ。

またすごく速いパッセージなどでは、一つ一つ頭で音を考える時間はない。ここでは、指の感覚としての記憶が必要になる。(指の記憶) 全部の音は丁寧に聴きとりながら(耳での記憶)同時に指が覚えていると、いちいち頭で考えずに弾くことができる。つまり練習のときに、ゆっくり目のテンポをとり、耳で一つずつ音をキャッチできる癖をつけ、同時に指の感覚を体に入れることが必要になる。目で見て狙い撃ちするのではなく、指から指へ移す感覚だ。

たとえばテレビゲーム。(すぐ例がぶっとんでしまいスミマセン・・・)
昔何回もやったゲームをしばらく遊んでいなかったとする。数年後にもう一度リモコンを握ったら、説明書を読まなくてもなぜか手が覚えてるっていうことないかな。

もっとまともな例を出せって? うーん。(^▽^;)

じゃあ、携帯電話でのショートメッセージとかテレビのリモコンとか、自分の機械なら0から9までの数字をいちいち目で見なくても打てるでしょう?!

指の感覚での記憶力って本当にすごい。触っただけで紙か金属か・・など見なくても判断がつく。
1)指先に脳がある。

そして

2)脳は鍛えなければ育たない。


この2つを忘れないでほしい。

いずれにしても、譜読みの時点での徹底した分析と暗譜,これが確実で最短な譜読みと暗譜の手段だと私は思う。

全体像を見ないまま、音をパラパラと鳴らして譜読みすることほど危険なものはないことを覚えておいてほしい。


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